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「昨夜、少し話したけど…
俺は中山先生が君と付き合っているのかと思ってた。
でも全然、見当違いだったんだな」
夫はマグカップを見つめながら、独り言のように言う。
私はマグカップをテーブルに置いて、膝の上で両手を組み、うなずいた。
「去年の秋に…ディズニーシーに美鶴を連れて行って、そこで偶然知り合った松永さんと付き合うっていうか。
誘われて何度か二人で出かけたの」
「小西くんは?」
夫は訝しげに問う。
「彼は完全に君を女性として見てたんだろう?
昨日、直樹が言ってたよ。
小西くんが倒れた時にアパートに行ったら、譫言でずっと『深雪さん』って言ってたって。
その時直樹も初めて気づいて、心底驚いたって」
かなり以前から息子は知ってたんだ。
私は夫の言葉に驚き、息子の心情を思って胸が痛んだ。
友人が自分の母親を…なんて、どう感じながら今まで黙って友人関係や親子関係を続けてきたんだろう。
「小西くんの気持ちは、折に触れて直接伝えられてたけど…
私は、まさか息子の友人だし…本当に子供みたいにしか思ってなかった」
私は正直に言う。
夫は私を見つめて、ふうん、と考え込むように言った。
「で、以前君は、中山先生は職場の人としか見てないって言ってたよな?」
「うん。それは本当。
中山先生の矯正歯科への誘いを断った時に、付き合って欲しいって言われたけど、それも断った」
何だそりゃあ…と夫は頭を抱える。
私は、なんだかいたたまれなくなって、両手で顔を覆った。
「じゃあ、深雪はその松永さんという男と付き合ってて、昨日、何があった」
「正月に奥さんに私の存在を知られて、奥さんが本気で私の素性を調べようとしているから別れようって言われた」
私は顔を覆ったまま、また泣きそうになるのを、懸命に堪える。
ここで泣くわけにはいかない。
「正月…」夫は呟く。
何か思い当たる節があったようで「そうかそれで、何か様子がおかしかったのか」と続けた。
「その…松永さんとは、関係を持ったのか」
夫は苦しげに尋ねる。
私は急いで首を横に振る。
未遂は何度かあったけど…
「でも、気持ちはあったんだろ」
夫に重ねて尋ねられ、私はぐっと動きを止めた。
頭の上で大きなため息が聞こえて、私は思わず訊き返す。
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