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うつむいて涙を手で拭っていると、夫がティッシュを箱ごと渡してくれた。
私は受け取って使う。
しばらくして私の涙が少し収まったころ、夫が静かに話し出した。
「正直に言って俺は、たとえ肉体関係はなくとも深雪が浮気をしたことは許せないと思っている。
俺に対してはともかく、子供たちに精神的な負荷をかけたことも含めて」
私はティッシュを目にあてたままうなずく。
夫はほっと息を吐いて続ける。
「でも…結婚して20年もの間、俺は君に対して、夫として不誠実だったと気づいた。
深雪がひとりで家計と家を支えて、俺と子供たちを家族たらしめてくれていたんだって判った。
子供たちの言葉ではないけれど、離婚を言い渡されて当然なのは、俺の方なんだよな」
夫からこんな言葉を聞いたのは初めてで、私は呆然と顔をあげて夫を見上げる。
夫は眼のふちが少し赤くなっている。
「俺だって、君と子供たちのためと思って20年間、必死で働いてきた。
それは何だったんだ、と思わないでもないけど…
それだけじゃダメなんだな。親父の背中を見て悟れって言う方が無理なんだってよく判った」
「だからさ…」と言って、夫は私を正面から見つめた。
私は夫からどんなが言葉を投げかけられても取り乱さずにいられるよう、咄嗟に身構える。
「そんなに構えるなよ。
俺は深雪と、やり直したいって思ってる。
深雪が他の男を好きになるなんてことが二度とないように、努力しようと思った、から」
「だから、深雪も。
離婚とか考えずに、俺と一緒に生活してこの先ずっと一緒に年老いていってくれると、すごく有難い」
夫が一気に言い切った時、夫のスマホが着信音を奏でて、私たちはびくっとする。
夫はスマホの画面を見て「お…職場からだ」と言って、通話をスワイプする。
「はい、坂川」
と言い、夫は席を立って部屋の外へ出た。
私はドアが閉まるのを見て、ほーっと息を吐いてソファに寄り掛かる。
全身にすごい力が入っていたのに気づいて、意識的に弛緩して目を閉じる。
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