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「あの木には、どんな花が咲くのだろう」
つぶやきは、ただの独り言だった。けれど、私のすぐそばにいたマキリの耳には、しっかりと聞こえたようだ。
何しろマキリは耳が聡い。ぴんと凛々しく伸びた三角の耳をこちらへ向けて、マキリは答えた。
『ああ。あの木にはな、青い花が咲くんだよ』
灰色狼のマキリは冴えた色の目で、人波でにぎわう門前広場を見渡した。
──ミズホの中つ国。その中央に位置する首府。
頑丈な石で舗装された目抜き通りの突きあたりには、見上げるほど巨大な門扉がそそり立っている。
今、門前広場には〈大騎行〉の参加者が集まり、自らの相棒である獣をかたわらに、開門のときを今か今かと待ちわびていた。
そうして開門を待つうちにも、首府中の人々が足早に門前広場へと駆けつける。珍しいシシト獣の姿を、間近で見物しようというのだろう。広場の熱気は、これ以上ないほど高まっていた。
その興奮の渦中にいるマキリは、いつもと変わらない涼しげな様子だった。静かな眼差しで、通りに沿って植えられた並木を眺めている。うすい水色の空に無骨な枝を伸ばしているだけの、味気ない樹木だった。
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