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昔、チセの森にひとりの老人がいた。
老人のそばにはいつもシシト獣たちがいて、老人はどのシシト獣とも深い親愛で結ばれているように俺には思えた。
老人は緑の森のなかで、シシト獣に語りかける。それに応えるように、シシト獣も老人に言葉を返す。まるで会話をしているようだった。
里人は皆、老人のことを恐れ、決して近づこうとはしなかった。チセの巫女でさえ、シシト獣に死をもたらす不吉な輩だと、老人のことを忌み嫌っていた。
けれど俺は、もうシシト獣の声など聞こえなくなってしまったチセの巫女たちよりも、静かにシシト獣と語らう老人のほうが、強く固く、彼らとつながっているように感じていた。
だから俺は、老人と同じ〈断の剣士〉になろうと決めたのだ。誰よりもシシト獣のことが好きだったから。
そう言った俺に、老人は厳しく返した。
「本当にシシト獣のことが好きならば、〈断の剣士〉になどなるんじゃない」
まだ幼かった俺には、悲し気な老人の言葉の意味がわからなかった。その頃は、美しく気高いシシト獣と深くつながり合える〈断の剣士〉になりたいという気持ちだけが、ただただ強かった。
けれど、今ならわかる。
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