内容証明郵便

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内容証明郵便

「全く、こんな仰々しい方法で送ってきやがって」  金井太はそう言うと、送られてきた郵便物をビリビリに破り捨てた。その中身は金井太が経営する障がい福祉サービス事業所「ウェルライフケア」の従業員である坂本貴之の退職届と、今日から20日分の有給休暇届だ。 「人が足りないから辞めるなと何度も言ったのに本当にわからない奴だ」  金井はそう吐き捨てると、側にあったゴミ箱を思い切り蹴り飛ばした。ガコンという耳を叩きつけるような音が鳴ると同時に、中に入っていた紙くずの類が床に散らばった。坂本が辞意を表明してから2ヶ月。ときには懇願し、ときには将来のためだと諭し、またときには怒鳴りつけても退職届を突き返していたのだが、今回はそういうわけにはいかない。なぜなら今日の退職届は内容証明郵便で届いている。 「退職届と有給休暇届を確かに金井さんに届けました」  という郵便局のお墨付きが出ているのだ。坂本はこの事業所で働いて3年のヘルパーで、朝の起床介助から夜の就寝介助までフル稼働している。このほかにも行政向けの各種届出や内部で必要な書類の整理など、非常に幅の広い活躍をしていた。かつかつの人数で仕事を回している坂本が抜けるとなると、彼が受け持っていたほとんどの仕事を断らないといけない。 「雇ってやっていたのに。飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ」  金井がそう吐き捨てた瞬間、事業所のファクシミリが音を立て始めた。届いた紙を見て金井の目はさらに吊り上がった。 「坂本の奴、どういうつもりだ!」  そう声を荒げる金井の両手がプルプルと震えた。ファクシミリの送付主は労働基準監督署。3日後に事情聴取に来るので必要書類を準備しておくようにとの通達だ。  坂本からのタレ込みで、サービス残業の実態が労基署にバレたのである。
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