386人が本棚に入れています
本棚に追加
/148ページ
須田は風が吹けばひっくり返りそうな頼りなさで立っている。相当緊張しているようだ。俺をここへ誘導したのはいいが、最初の一声を何度もやり直している。
「あ、あの」「ええとね」「つ、つまり……」「そのぉ」
こんな調子でじりじりと時は過ぎていた。
視聴覚室と音楽室がある最上階は、あの時のように人気のない場所だ。そのことを須田も思い出し、冷静になろうと頑張っているのか。額に浮かんだらしい汗を、日焼けしたこともなさそうな真っ白な腕で拭う。続けて俯きっぱなしの顎の下も。力なく垂れていたもう一方の手は、無意識にか、胸の辺りをぎゅっと掴んでいた。
「美術室のことだったら誰にも言ってない」
十中八九そのことだと思い、ついに俺から口火を切った。案の定、須田は勢いよく顔を上げ、零れそうなほど目を広げた。そこに俺への非難や恐れ、不安な色は一つもなかった。
この瞬間、俺の行動は須田にとって、救いだったのだと確信した。
「あ、あり、がとう。本当に、ありがとう」
感謝されてしまった。それも、今にも泣き出しそうな笑顔で。
うっ、いかん。
思わずばっちり目を合わせたことに内心狼狽えた。わざとらしく喉を鳴らすことで、冷静になった。
「あー、その、あいつらに仕返しとかしなくていいのか?」
須田は少しの迷いもなく頭を振った。
「なんで」
馬鹿じゃないのか。
「ごめん」
最初のコメントを投稿しよう!