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 最も、口の端や目尻に奔った裂傷は母に直接やられたわけではない。台所で後片付けをしていた母に告白をした、自分の落ち度だ。 ――ごめん、母さん。俺、男と付き合ってる。  直後、母は無言のまま流しにお皿を叩き落とした。水道の蛇口を締めることもせず、俺との距離を一気に詰め、迷うことなく手を振り上げた。殴られる覚悟はしていたが、その寸前まで母のやるせない、絶望的な顔を見て放心した。だから歯を食いしばることもせず、自分で口の中を噛んでしまった。  隙を見つけては、「男しか愛せない」「父親と同じことしてごめん」と謝るが、母は一切声を発さなかった。俺の頬や胸を数度打った後は、近くのタオルを掴みそれを勢いよくぶつけてきた。そのうち聞こえてきたのは歯を食いしばり、喉を鳴らす怨嗟の音だった。  暴れた後は糸が切れたようにその場に崩れ、タオルを顔に覆って悲痛な叫びを上げた。それを長いこと聞いた後に、母の肩に手を掛けようとした。刹那、驚くべき速さで押しのけられ、俺の身体はあっけないほどに傾ぎ、背後にあった食器棚へ倒れ込んだ。その弾みでいくつか中身が落下し、粉砕した。傷の原因はそんなとこ。 「せーまぁっ!」     
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