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「嫌だわ。きっと素敵なお茶請けが運ばれてくると思って、何も用意してなかったのよ。ごめんなさいね」
台所から出てきた蒼はそんなことを言いながら、ダイニングテーブルに湯飲みを置いていく。
おそらく、このねちねちとした嫌味は俺が手ぶらで来たことを非難している。
く、悔しい。そんなことすら思い浮かばなかった余裕のなさに、自己嫌悪の山は高まった。
「えー、朝クッキー沢山焼いてたじゃん。せーまに食べさせるって言ってたの、もう忘れちゃったの?」
それこそ妖精のような清らかさで灯が姉に指摘をすると、「そんな気もするわね」と明らかにすっ呆けて見せる。それに対し、「朝のこともう忘れちゃったの? 大丈夫蒼姉? 疲れてんの?」とこれまた天使のような優しさをみせ、蒼さんの目尻をとろけさせた。
「待ってて、すぐに取って来るわね」
この短いやり取りで、灯の存在がまさしく須田家にとっての明かりそのものだと分かった。
背筋をぴんぴんに伸ばしていた俺は、蒼さんが台所に消えたのを確認し、息を吐いた。ずっと睨まれていたのだ。自然、背中が丸くなる。と、思った矢先に「カシャ!」と驚くほど間近で音がした。それもそのはず、レンズが俺の前髪にかかるほどの位置に、あった。
「う、うわぁっあ!?」
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