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灯はぬいぐるみを脇に抱えたままのろのろと上体を起こす。軽く鼻を啜り、膝を抱えると「適当に座ってよ」と言う。おろおろしながら、手近な勉強机の椅子を引き、灯と向かい合える位置に動かした。俺が座ったのを見届けてから、続きが始まる。
「姉ちゃん達と遊んでたら俺はぐれちゃってさ。陽が沈んで、天気も崩れて、挙げ句に雷雨でさ。すげぇ怖くて。子供だったから、このまま誰にも見つけてもらえなかったらどーしようって本当に不安で……」
灯の脳裏には今、その時の光景がまざまざと甦っているのか。ぎゅっと自分を掻き抱く手が、力みすぎて真っ白だ。
「いっくら叫んでも雷とか、暴風とか雨の音でかき消されて。自分の声すら聞こえねぇの。転びまくってあちこち痛いし、暗いし、もう……怖くて怖くて」
でも、と続けてからしばらく黙り込んでしまった。ややしてから、灯は目元を擦る。
「朝が来る前に救助の人に助けてもらったんだ。病院に運ばれて、起きたら姉さん達がわんわん泣いてて、ホッとした。でも。その時に父さんと母さんがいないことに気づけなくて」
まさかと思いながら、予想が外れることを祈ってしまう。
「俺を捜すために山に入っていった母さんを、父さんが追って。運悪く……、崖崩れに巻き込まれて」
たっぷり空白がおちてから、灯が鼻を啜った。その音は濡れていた。
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