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視聴覚室に入ると、教卓の前で灯が待っていた。こちらに背を向け、その肩はわずかに震えている。
「むかつくっ!」
声を掛けようとしてまず、そう言われてた。
久しぶりに灯を独占できる空間に、俺は密かな喜びを覚えた。ここまでの経緯を考えるとそれはないだろう、と自分に突っ込みをいれたくなるが、やっぱり好きだなぁと気付いてしまう。そんな暢気なことを考えていたので、尖っていた感情はみるみる丸くなる。だから自然、声に気持ちがこもった。灯を怖がらせないよう、優しく優しく。
「あのさぁ、灯が何を考えてるのかサッパリ分からないんだけど。お互い誤解がないか?」
拳をぎゅっと固めて、灯は俯いた。たったそれだけの動作で、灯の柔らかな髪は揺れる。空気を含んだ髪は寝癖のあとがあって、毛先が奔放に跳ねていた。その下に華奢な首が伸び、日焼けを知らないうなじが無防備に晒されている。
「教えて。どうして俺が軽薄なんだ? 灯には誠意を見せてるつもりだ」
一歩、また一歩と距離を縮めた。すると灯は気配を察して、逃げだした。自分の足に躓きながらも体勢を直して、窓際へ寄る。
「おい、灯」
いけない。落ち着け俺。ゆっくり行こう。
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