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やや角ばった顔の遠野さんは、普段からスーツを着なれている小粋さが漂っていた。でも、尊大な態度などは微塵もなく、むしろ逆。お坊さんを彷彿とさせる穏やかさが人相に溢れていて、皺が深くても笑い皺にしか見えない。それにガタイもよく、背筋もぴんと伸びているので年齢不詳な感じもある。
指で摘まんで一口で食べた方が早いのに、と思いながらローストビーフをナイフとフォークで片付け、ちまちまと味わいながら会話を投げては返す。
そうして時間がじわりじわりと進むと、ひとまず息が吸いたい! と思った。一瞬でもいいから一人だけの空間に身を置きたかった。決して遠野さんが嫌ということではなく、単に疲れた。この空気に。
ということで、母にやや非難めいた目で見られたが、一言謝ってレストルームへ逃げた。
「はぁ」
はっきり言ってここも広くて落ち着かない。大理石の洗面台に立ち、大きすぎる鏡の前で溜息を吐きまくった。ここはただのトイレではない。奥に革張りのソファなんかあるし、俺を見下ろすほど背の高い花瓶に百合の花。落ち着かない。
「早く帰りたい」
本音を零しつつ、ふと灯のことが気になった。外の天気もどうなっただろう。
お尻で温められたスマホを手にし、パッと画面を光らせると息が止まった。
「は……?」
ぎゅっと心臓が縮むと、すぐにドクドクと不安を煽るような脈を刻み始めた。
尋常じゃない着信履歴とメールの数だった。
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