六、集中線

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「……お兄ちゃんのアカウント、二度と使わないで。話したいことはそれだけよ。いますぐ返して」  自己紹介されたが信用できずに攻撃した。倫太郎は胸元から取り出していた名刺ケースを苦笑しながら戻していく。 「申し訳ない。碧人くんのアカウントを勝手に使ってしまった。どうしても会いたい人がいたから」 「兄なら半年前に亡くなりました。貴方が本当に岸本倫太郎だったとしたら、兄は貴方の新作をずっと楽しみにしていましたよ」  ただの一ファンでしかない碧人のことを知っているはずないと思っていた美矢だが、目の前の男性が眼鏡を外し、目頭を押さえてうつむいたので思わず後ずさった。 「……SNSのパスワードが、俺の主人公の名前と誕生日だった」 「お兄ちゃんのアカウント、がですか?」  倫太郎は震えながら頷くと、大きく息を吸いこんで声を発そうとしている。 「主人公の誕生日を聞いてくれるほど熱心だったファンは、彼しかいない。忘れていない。俺は君のお兄さんがいてくれたから仕事が来なくても、小説家を続けようと思えた」  君のお兄さんがいてくれたから。  震える声で倫太郎は言うと、もう一度眼鏡をかけ鼻をすすった。 「君に伝えたいことが二つある。そこのカフェでもいい。どこかで俺の話を聞いてくれないか」
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