第8章

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「――えっ?俺んち」 平然と言ってのける社長に、一瞬絶句したが、初めから送る気もなかったんだろうか。 「あの、泊まる準備してないです」 「ああ、スーパーみたいなのしかないけど適当に買えばいいよ」とアッサリと言われ固まる。 いつも泊まりは休み前の日で、それなりに前触れがあるのに、突然でしかも泊まる前提で話が進んでいる。 駐車場につくと、車を降りてスタスタと歩く社長の後を追う。 『私の意思は全く聞かないんだから……』 「俺、総菜見てくる。腹減ったし」 「じゃあ、私は必要な物見てきます……」と一階のフロアで一旦別れた。 ここはショッピングモールのように広く、食品以外に洋服のショップやランジェリーショップも何店舗か入っていた。 夕方のせいか、食料品以外は閑散としているのでゆっくり見る事もできる。 疲れているがそこは女子力を振り絞り、スキンケアとメイクを見てカゴの中身が増えていく。 手早く仕上げたいので、オールインワンを選んだが、どうせなら評判がいい物を試したい。 『あとは下着か……』 お店に入ろうとすると、通路のソファに買い物袋を持った社長が既に座っている。 「――早っ!」と焦るし、下着を選ぶところも見られたくないので、ラックに隠れてこっそりと商品を触っていた。 「こっちのが可愛くない?」と背後で社長の声がしてビクッと動きが止まると、カゴに勝手に商品を入れてレジに持って行ってしまう。 社長と下着屋のレジに並ぶなんて……かなり恥ずかしい。 「あの、あとはもう大丈夫ですから」 「そっか、――俺、クレープ買うけど桜も同じのでいい?」 「――はい」 私にカードを預けると店から出て行ったので、とりあえずホッとした。 背の高いイケメンはそうでなくても目立つし、彼氏ですら今まで下着屋に一緒に入った事なんてない。 しかもデザイナーのセンスは良く、選んでくれた商品が可愛いから何も言えない。 店を出るとクレープを手に座る社長は、私に1つ渡すと待ちかねたように頬張っていた。 食べながら駐車場に向かう私達は、まるで恋人同士か夫婦と錯覚されそうで、買い物袋に生活感が出ているのも何だか嬉しかった。 ――仕事帰りに一緒に買い物に来たカップル。 偶然だけど少しの間だけ恋人気分を体験させてもらえ、疲れは吹っ飛びそうに足取りが軽かった。
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