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「ここの食堂も美味しいものが揃ってるよね。昼を食べるの楽しみで早めに来たんだぁ」
何となく騙された気がして苦笑いしか出てこない。
『社長さんなら言ってくれてもよくない?』
次々とパンを平らげる姿を見ながら、気疲れが倍増するような気持ちになった。
「桜ちゃん、僕の事は梓(あずさ)で構わないからね」
「……はい」
ザワザワしている広い食堂の中、静かなトーンで話してくる渡瀬さんの声が、何故か通って聞こえる。
まるでレストランに2人で食事にでも来たように。
人が少ない所を選んでしまったのだろうか。
開放的な広い食堂でリラックスできる筈なのに、緊張しているのが自分でも分かる。
取引先の社長と知った今、何を話していいのか急に困っていた。
「桜ちゃん、どうしたの?昨日と様子が違うよ?」
『あなたのせいなんですけど!』
パンを食べるのを止めるくらい心配してくれるので「社長とは知らず、色々申し訳ございませんでした」と伝える事にした。
「ああ、そんな事気にしないで。僕達パン仲間でしょ?」
安心したのか、又パンに手を伸ばし始めている。
それからは、おススメのパン屋さんの事を教えてもらったり、今ハマってるパンの種類を言い合ったり、少しずつ会話を楽しみ始めていた。
「あ、栗栖だ」
珍しく社長が食堂に足を運んでいる。
辺りを見回していたが私達を見つけると、こちらに向かってきた。
「俺、いつもここに寄って行くのバレてんだよね」
私の隣に座ると「やっぱり寄ってたんだ」と呆れた顔でトレイのパンを見ている。
「私、飲み物買ってきます」
社長の飲み物を買うという理由で席から一旦離れる事が出来た。
アイスコーヒーを買いながら2人の様子をチラッと伺う。
何やら話し込んでいるので、飲み物を置いたら他の席に移ろうと気を利かせる事にした。
トレイを下げようとすると「何処へ行く?」と社長に突っ込まれた。
「いえ、お邪魔かと思いまして」
気を遣ったのに、なんで止められるのか不思議に思っていた。
「ーーパン仲間になったらしいな」と上目遣いで見られる。
早速情報が伝わっていて思わずドキッとした。
《2話へ》
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