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「じゃあ私が社長さんに言いますよ、慶一さんのせいではありませんって。だって本当に違うんですもの。もとから家でじっとしていることに向いている人間と、そうじゃない人がいるんです。実家では母もいて、犬もいて、たまに小さい姪っ子もいたから騒がしくて分かりませんでしたが、専業主婦は私には向いていないんです」
「菜々子さん……」
彼の弱ったような表情は初めて見るが、爽やかな造形がわずかなマイナスの感情に崩れていくのは、身震いがするほど趣深かった。
慶一さんは、多くの女性が理想とする外見と雰囲気を持っていた。
それはエロティックな男らしさというものではなく、爽やかで、清潔で、そして紳士的なものであった。
柔らかい言葉を使い、透き通る声をしていた。
高身長で、体に合ったグレーの細身のスーツが良く似合っていて、全く非の打ち所がないのである。
その人を困らせているというのは、少しだけ気分の良い眺めであった。
「慶一さん、パートでもいいんです。ちょっとだけでも」
ここで私の意見が通らなければ、彼の中で、私は一生、社長さんより上には行けない気がした。
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