新幹線

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 もしかしたら、少女はドラマとか、映画とかの撮影中なのかもしれない。帰省した田舎で出会った青年との恋、引き裂かれていく二人、夕陽を背景に二人はドラマティックなキスをし、残酷な運命に涙する。それらのシーンを終え、今は彼との思い出を反芻しながら帰るシーンなのだ。楽しかったこと、悲しかったこともあったけど、貴方と恋した一か月、私は幸せでした。そんなモノローグの後、エンディング。名前だけ知ってるバンドの曲と共に少女の名前が流れていくんだ。  車内をきょろきょろ見まわす。男が一人欠伸するのが見えた。もちろんカメラなんてどこにもなかった。  新幹線はゆっくりと減速し始め、大阪駅に到着した。サラリーマンたちはノックアウト寸前のボクサーのように立ち上がって、ぞろぞろと通路に出てくる。それが、僕にはゾンビがお行儀よく並んでいるように見えた。  乗客を吐きだせるだけ吐きだすと、再び新幹線がのろのろと加速し始めた。限界まで吐き出したのだろう。車内はずっからかんで、お母さんが一人、赤ん坊をあやしつけていた。それだけだった。僕と少女はそれが自然のなりゆきでもいう風に、窓際に寄った。世界には、僕たち二人しかいないように思えた。  少女はガラスにへばりつくようにしていた。吐息が窓を白く染め上げる。飽きもせず、じっと外を見ているようだ。  その光景を見ていて、何気なく僕は思い出していた。一年生の時のか二年生の時のか忘れたが、国語の問題集だった事は覚えている。たしか、鉄道で旅立つ少女が、見送りに来た弟たちに窓から蜜柑をぽいぽい放り投げる話だ。文字に起こせばたったそれだけの、短い物語。タイトルは覚えてない。     
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