船幽霊

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岸から20メートルほど沖に出たところで,ボートが波に押し返され始めた。木の板や玩具のパドルでは思ったように進まず,ボートの向きも不安定だった。 「よっしゃ! 気合い入れっぞ!」 修一が大声を出して,木の板を激しく前後した。ボートは不安定に横に揺れるばかりで一向に前には進まなかった。修一の声に合わせて,全員,必死に漕いだ。 「じゃあ,みんなでなんか歌おうぜ!」 誰が声を上げたかわからなかったが,無言のまま必死に漕ぐよりも声を合わせたほうが力が入るような気がした。 「おお! いいね! なんの歌がいい?」  「船の歌って言ったら,やっぱ『舟歌(ふなうた)』じゃね?」 「舟歌って? 誰の歌?」 「矢代亜紀!」 「知らねぇよ! ってか,名前しか知らねえよ!!」 「矢代亜紀,知らねぇのかよ! 舟歌も名曲だぞ!!」 全員が爆笑した。必死に漕ぐ腕は既に疲れ,ボートが徐々に岸に押し戻されていくのがわかった。 「じゃあ『宙船(そらふね)』だろ!」 「おお,いいね。TOKIOか!」  「いや,中島みゆきバージョンで!!」 「どう違うんだよ!」 まったく進まない状況に全員が必死になった。少しでも笑いに変えようと,ボートの上で冗談を言い合った。 「よし! じゃあ『船を出すのなら九月』を歌おう!」 「それ,誰の歌?」 「中島みゆき!」 「なんでさっきから中島みゆき推しなんだよ! ってか,その歌,知らねえし!!」
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