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ためらいが頭をよぎったけど、俺はおとなしくベンチに座った。もとい、ベンチに敷かれた新聞紙の上に座った。
見える景色は変わらない。
ただ不忍池と蓮、それに弁天堂があるだけだ。
おのぼりさんでもないジジイが見惚れる景色じゃない。
「新聞、朝日ですね。お好きなんですか?」
「キレェだよ。キレェだから読むんだ、好きなことだけやったンじゃ勉強にならねェだろ?」
「立派な心がけですね」
……耳が痛い。
嫌いなことから逃げ続けて、ふらふら生きてきたから。
話の糸口にってベンチに敷いた新聞に触れたら、予想外のダメージすぎる。
「受け売りだけどな。兄ちゃんは花見か? それともアレか、昼間っからふらふらして『にーと』ってヤツか?」
「ニートじゃなくて、俺は作家……物書きなんです。本を出せたのはつい最近ですけどね」
「兄ちゃん、作家先生なのか。大変だよなあ、水物の人気商売ってヤツァ」
「すごく実感がこもってますね」
「そりゃそうよ、俺ァ店をやってんだ。長いこと上野でやってる板前よ」
「え? 板前さん? もう仕込みの時間じゃないんですか?」
「はっ、兄ちゃん、物を知らねえな。市場が休む日曜にやってる店ァ行くもんじゃねえぞ? いい店ァ日曜に休むって決まってンだよ」
こもって執筆してると曜日感覚がなくなる。
今日は日曜だったらしい。
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