【2】

2/3
前へ
/13ページ
次へ
「あァ、好きにゃあなれねェな。料理も麦酒もうまいンだけどなあ」 「嫌いなことこそやってみるものですよ? 好きなことだけやってたら、新しい学びはないでしょう?」  子供に諭すように、女性は男に言った。  だからもっと楽しみましょう、せっかくのデートなのですから、と。 「けッ、みんなお高くとまりやがって、なんだか落ち着かねえや」  男はこの日のために新調した一張羅の背広をいじる。  ほらほら汚れるでしょうと、女性はそっと男の手を取った。 「それに、もともと私はお高くてよ? 私、柳橋(やなぎばし)一の芸妓ですもの」 「ンなこと言うんだったら俺ァ、自分の店を構える一国一城の(あるじ)だぞ?」 「ふふ、そうでしたね。水物の人気商売で、お店を繁盛させてる腕ききの板前さん」 「なンだそりゃ。もっと言い方ってもんがあンだろ」  それでも、目尻を下げる洋装の女性の笑顔に照れたのだろう。  男はふいっと目を逸らした。  つられ、女性も視線を動かす。 「蓮の花が綺麗ですねえ。私、桜よりも蓮の方が好きなんです」 「ぱっと咲いてぱっと散る、桜の方が見事じゃねえか」 「男の(かた)はそう言いますのね。散ってしまったら寂しいじゃないですか」  池に浮かぶ蓮の葉と咲き誇る花で水面は見えない。     
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加