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「あァ、好きにゃあなれねェな。料理も麦酒もうまいンだけどなあ」
「嫌いなことこそやってみるものですよ? 好きなことだけやってたら、新しい学びはないでしょう?」
子供に諭すように、女性は男に言った。
だからもっと楽しみましょう、せっかくのデートなのですから、と。
「けッ、みんなお高くとまりやがって、なんだか落ち着かねえや」
男はこの日のために新調した一張羅の背広をいじる。
ほらほら汚れるでしょうと、女性はそっと男の手を取った。
「それに、もともと私はお高くてよ? 私、柳橋一の芸妓ですもの」
「ンなこと言うんだったら俺ァ、自分の店を構える一国一城の主だぞ?」
「ふふ、そうでしたね。水物の人気商売で、お店を繁盛させてる腕ききの板前さん」
「なンだそりゃ。もっと言い方ってもんがあンだろ」
それでも、目尻を下げる洋装の女性の笑顔に照れたのだろう。
男はふいっと目を逸らした。
つられ、女性も視線を動かす。
「蓮の花が綺麗ですねえ。私、桜よりも蓮の方が好きなんです」
「ぱっと咲いてぱっと散る、桜の方が見事じゃねえか」
「男の方はそう言いますのね。散ってしまったら寂しいじゃないですか」
池に浮かぶ蓮の葉と咲き誇る花で水面は見えない。
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