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椿と私と彼は
妹が私の前で死んだ。その時のせいせいした気分と言ったらなかった。実の姉妹なのにそれはどうなんだろう、とも思うが、私の人生の中では邪魔で仕方なかったのだ。私の妹を殺したのは、彼氏。この目で見たのだから疑いようがない。
「耕平さんは……」
「ん? 何?」
耕平さんは何事もなかったように、料理を続ける。邪魔者が消えたとはいえ、人が死んでいるのだ。なかったはずの罪悪感が沸々と膨れて、今では私のことを飲み込んでしまいそうだ。それなのに、妹を殺したこの男は台所で鼻歌歌いながら肉を焼いている。パチパチと油が爆ぜる音が妙に耳につく。
「今日はハンバーグだよ」
料理に夢中な彼の横に、いないはずの妹の黒髪が揺れた気がした。いない、もう妹は死んだのだ。
「ハンバーグ、久しぶりだね」
何とか彼の背中に返事をした。彼は振り返って皿を持った。
「ごめん、これ持って行って」
立ち上がり、彼の背中に抱き着いた。彼の血は確かに通っている。それだけが今の私の生きる意味だ。
「なぁに、甘えてるの?」
「うん、少しだけ……」
彼の顔は見えない。大きな背中に額を摺り寄せた。肉の匂いに混じって彼の香水の匂いがした。彼が消えないように、私から目を背けないように、強く抱きしめてから離した。
「はい、運んで」
ケチャップが乗っていた。あの日見た血液よりずっとサラサラで鮮やかで鼻を突く赤色。それを見た瞬間、ぐらりと頭が回って床に倒れこんだ。
「大丈夫?」
私の顔を覗き込む彼。その顔は目が輝き、口角が上がっている。私の気が滅入れば滅入るほどに、彼は元気になっているような気がした。
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