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それからというもの、ビルで顔を合わせる度にアキラは話しかけてきた。
「あ、菫さん、元気すか?」
「菫さん、今日の服かわいい」
「今日、コンビニ? 一緒に買いに行こうよ」
すっと距離を詰めてこられる。その感触をおそろしくも感じたのに、本人はいたって普通でしかないようだった。そのまま自然な笑みで菫の横にくっついてくるのだ。
どうしてこうなったんだろう? ふと、そう思ったときには、家のソファーにアキラが寝そべっていた。
「おかえりー」
そう、アキラは寝そべりながら何かを食べ、一切の悪気もなく明るい声で菫に言った。
「ただいま」
アキラから、好きだとか、付き合おうであるとか、そんな言葉を菫はもらっていない。ただ、拾ってきた猫が居心地良くて居ついたように、アキラは菫の家のソファーで丸まるのであった。
菫が少し照れ臭そうに、アキラの隣に腰かける。冷房でキンキンに冷やした部屋では、腕同士が触れるとほんのりと温かい。
菫はそんなぬくもりを嬉しく感じていた。
───列はゆっくりゆっくりと進み続ける。出会った頃を思い出すと、頬が緩む。でも、今をふっと思い返すと、ウインドウに映った顔は曇っていく。菫は、白いため息を大きく吐いた。
ため息が出るのは、アキラの自由奔放さのせいだ。いや、そもそもアキラは好きだの一言も、付き合おうの一言も言っていない。アキラのせいじゃない。自己責任というやつだ……。菫はここ最近を思い浮かべるだけで、また深いため息をつく。何故、アキラのためにこうして並んでいるのか。
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