2.ロシア~ウラジオストク Ⅰ~

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 待ちくたびれた頃に漸く飛行機に乗り込んではみたが、国際線だとなんとなくモニターがあって映画が見られるイメージを勝手に持っていたのに、その様子は何ら国内線と変わらない。ただロシアの航空会社だから、客室乗務員に日本人の姿はなかった。  ウラジオストクは、日本からは三時間とかからなかった。時差も一時間ほど。楽しみにしていた途中の機内食も、なんだかパサついたサンドイッチが二つ。唯一の楽しみは、天羽さんの横顔を眺めていられる事くらい。  天羽さんは俺の美的センスで言うと横顔美人だ。シャープな輪郭をより印象付けるように鼻筋がすっと通っていて、目尻にかけて緩やかに垂れた瞳は何時も俯いている。そのおかげで、異国の血を色濃く残す長い睫毛も鼻筋と同じ角度で流れていて、痩せた頬を彼の命の軌跡を描く美しい皺が微かに彩っている。無骨で、荒削りながらまるで磨かれる日を待つ原石のような、そんな美しさ。  余りにじっと見ていたからか、ちらりと俺を見やった天羽さんはいつものように眉尻を下げた。 「窓の外を見て」 「なぜ」  意地の悪い俺の言葉に、天羽さんはしろい頬を微かに染め、自らの靴に視線を落とした。 「天羽さんて、よく見ると美人だよね。若い頃の写真とか見たいな」  驚いた瞳は直ぐに細められ、優しい微笑が花開く。 「私よりも、トルストイ氏は若い頃からとても美しい方だった」  それは、何となく想像出来る。あれだけ良い男なのだから、サーシャの若い頃はそれはそれは美青年だったに違いない。だが、サーシャは年を経てより美しくなるタイプ。年齢を重ねて滲み出る渋みや色気は、若造のころなんて足元にも及ばないだろう。  しかし、天羽さんがサーシャに心底惚れ抜いている事は、こんな些細な会話でも分かってしまう。多少どころではない面白くなさを感じながら、俺はそれきり窓の外を眺めて短い道程を過ごした。
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