2.ロシア~ウラジオストク Ⅰ~

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 やっとの思いでレストランに入ると、想像していたものとは随分違うものだった。サーシャが日本で連れて行ってくれる所は、落ち着いていて囁き声だけが満ちる静かな店ばかり。けれどその店は、大音量で近代音楽が流れ、そしてなぜか人々が踊っている。これはレストランではなく、クラブだ。  けれどソファ席についてみれば、ちゃんと食事のメニューもあった。勿論ロシア語でしか書いていないから、憶測でしかないが多分これは食事のメニューだし、周りを見回すとちゃんと食事をしている人々がいる。  訝しげな俺を置いて、サーシャと天羽さんは何やらメニューを指差しては楽しそうに微笑み合っている。日本語が上手いのだから、日本語で話せばいいものを。けれど母国語が一番楽なのだろうし、文句を言う気にもならず俺はソファに深く沈み込んだ。  しかし、冷静に見ると天羽さんが心の底からサーシャを信頼している事がよくわかる。いつもは張り詰めたような刹那的な空気を何処か纏っているのに、今はとてもリラックスしていて、人懐こいサーシャが肩を軽くぶつけて戯れてくるのをとても嬉しそうに受け止めている。俺を置いていちゃつくふたりはいつかそのままキスをしてしまうのではないかと不安になる程。 「ねえねえ、存在忘れてない?」  痺れを切らして問い掛ける俺を横目でみやり、サーシャは悪戯っぽく微笑んだ。 「いいじゃないか。君はいつでも巽を独り占め出来るんだから。たまには私にも譲ってくれないと」  ふざけているだけだと分かっているのに、サーシャの悪ふざけにはいつも肝が冷える。
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