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呑気に眺めていると、サーシャははにかみながら彼女に手を引かれ立ち上がった。その先は、ひらけたダンスホール。誘われるまま女性の腰に腕を回し緩くリズムを取るサーシャはやはり絵になる程に良い男ではあるのだけれど。一応俺と言うものがいながらほいほいついて行くなんて、信じられない。
それが顔に出ていたのか、天羽さんが困ったようにその行動の意味を教えてくれた。
「あれは女性が男性を誘うロシアの伝統的な風習だ。最近はあまり見られる事はないけれど、トルストイ氏はきっと貴方にこうしたロシアの文化を見せたかったのだと思う」
そう言って、彼は色とりどりの光がはげしく交差するダンスホールに視線を投げた。余りにも愛おしそうに細められた瞳は、初めて見るもののような気がした。
「天羽さんて、サーシャの事本当に好きだよね」
俺とどっちが好きなのなんて、思わず聞きたくなってしまう。けれど天羽さんは驚いたように振り返り、そしてとても打ち拉がれたような表情を浮かべた。打ち拉がれたいのは、俺の方だ。
冷たくなった空気をかき混ぜるように、サーシャはふらつく足取りで戻ってきた。
「久しぶりに踊ったから、足がもつれてしまったよ」
さっきとは反対の俺の隣へ。ポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭い、彼の長い腕は腰へと回る。
「そろそろ出よう。もう踊れない」
俺も天羽さんも作ったような笑みで頷いて、騒がしい店を後にした。
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