1.旅の始まり

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 秋に片足を突っ込んだ頃、まだ残暑は厳しく、加えて最近雨も多い。からりと晴れてはくれず、泥濘のような重さが夜を包んでいる。  その日も霧雨が時折人々の肩を濡らし、いつもより客足も伸びず早々と閉店する事に決め、のんびりと後片付けをしていた時。突然ユーリンが俺の袖を引いた。 「どうしたの?」  おずおずと差し出された数枚の写真を見て、俺は考えるよりも先にそれをユーリンの手から引ったくり隠していた。当然驚いたのか、彼の瞳は見開かれる。けれど見られる訳にはいかない。  秘密にして、そう目配せしようとしたが、そんな俺を目敏く見付けてしまったようで、カウンターの隅からは圧した声が投げられた。 「なにかあったのか」  天羽さんは得意の困り顔で俺を真っ直ぐに見詰めている。 「何でもない」  微笑みでかわそうとした俺を、しかし彼は許さなかった。俺たちの間で相変わらずおろおろと視線を泳がせるユーリンに歩み寄り、天羽さんは怯える小動物の如く震える肩に優しく手を掛けた。  中国語だから分からないが、大方の察しはつく。ユーリンが喋ってしまうより先に、俺は慌てて天羽さんの肩を引いた。 「ねえ、本当に何もないって」 「何故隠す。力尽くで奪う事も出来る」  今にも泣き出してしまいそうな不安気な顔でそう言われてしまえば、俺ももう諦めるしかない。  仕方がなく、ユーリンを先に上がらせてから、最近身の回りでおきている不愉快な事件の数々を俺は白状した。
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