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しばらくキスをせがんで戯れついてみたものの、どんどん天羽さんの表情は険しくなってゆく。これ以上は嫌われる気がして、俺は絡めた腕を解いた。
「本当に大丈夫。店の中で撮られたものばかりだし、天羽さんが護衛してくれていれば何の問題もないよ」
そう言って切り上げようとした俺の腕を、彼は縋るように引いた。驚いて振り返り、胸が悲鳴を上げる。
「貴方を失いたくない」
そんな熱い瞳で、そんな事を言うな。自ら打ち砕いて来た希望がまた息を吹き返してしまう。
「ならばずっと、側にいて」
分かっているのに、諦めの悪い自分が嫌になる。
掴んでいた腕をゆっくりと離し、天羽さんは視線を逸らした。
「トルストイ氏に聞いてみます」
「なにを?」
「貴方を連れて行けるかどうか」
どう言うことか、考えるより先に俺はむくれて見せた。
「また俺に黙って発つつもりだったんだ」
いつもなら慌てて眉尻を下げる天羽さんが、その日は口を真一文字に結んだまま俯いている。これはどうやら相当怒らせてしまったようだ。無邪気を装って、俺はそんな彼の顔を覗き込む。
「サーシャが良しとすれば俺も天羽さんの仕事に同行できるの?」
「今回は仕事ではありません」
「じゃあ旅行?」
天羽さんは瞳を輝かせる俺を前にして、呆れたように怒らせていた肩を落とした。
「何処へ行くの?」
「まだ日は決めていませんでしたが、ロシアです。トルストイ氏にお会いして、二週間ほどで帰る予定でした。仕事ではないと言っても、旅行ではありません」
いつもはしない、ぴしゃりと叱りつけるような言い方。それもまた新鮮で微笑ましい。
「ロシアで遊ぶのは何だか嫌だな。サーシャの庭だもんね」
「棗……」
「何処がいいかなあ」
無邪気作戦が功を奏し、天羽さんは深く息を吐くとようやく無理矢理に吊り上げていた眉を下げ、カウンターに頬杖をつく俺から視線を離す。
「考えておいてください。今回は無理でも、また機会を作りますから」
天羽さんは渋々と言った様子でそう言うと、グラスに残っていた酒をゆっくりと煽った。
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