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ところでいきなりだが、前言撤回をさせてもらいたい。
「この腹。頭。足。なんともないよな」
俺の腹俺の頭俺の足、どれも外見的な異変はない。引っかき跡ひとつないはずだ。――そして前言撤回の所以というのも、俺は、ことの始まりからではなく今思っていることから話を始めてしまったからというわけなのだが。
「けれどだな、俺は少し前には大怪我をしていて、ここから血がバケツ一杯分は流れていたはずだった。でもそんなの今は影も形もない。どうしてかって? 俺は説明はしないぞ。頭がおかしいと思われるからな」
ちなみに、俺は聞いている人間が誰もいないような場所で、ところかまわず独り言を言い散らす輩ではない。見知らぬ不特定多数に突然自己主張をかます度胸もない。
たとえ一見、虚空に向かって以下のような言葉を矢継ぎ早に吐き出していたとしても、もちろん一見しただけではわからない事情があることを汲んでもらいたい。
「ああ、お前からの説明は聞かない。どうせ言うんだろ。神様のおかげだとかなんとか。うんざりだ、常識的に考えてありえない。それに、爆発や火で壊された街が何事もなかったみたいに何もかも直ってたこと、それはどう言うんだ? それは天使のおかげですとでも言うのか?」
俺はいらだっていた。
「この数日の俺は。何の因果か急遽天使と悪魔にぼこぼこにされる目にあったけど、よくわからない神様に救われました。めでたしめでたし。……こんなかんじになる」
ほぼ無宗教の両親のもとで育った俺が、突然神だの天使だの何だの言うようになったら、家族だって白い目で見てくるにちがいない。
実際、数日前にそう見られたばかりだがな。
「どうして俺がこんな目にあうんだ? それほど悪い行いをしてきたつもりはないぞ」
俺はこの異常な数日の出来事について、ついさっき、とあることを知ったところだった。その事実が、あまりに馬鹿らしいのと、恥ずかしさとで、相手をなじらずにいられない。
相手といっても、もしかすると"見えない"かも知れないが。
「聞いてない振りをするな!」
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