輝く音

1/3
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ

輝く音

その日の夕方も、西野はレッスン棟に向かった。もう探す必要はない。07A号室にまっすぐ向かう。 沖島はそこにいて、いつものように何か聴きながら目を閉じていた。 「おい」 ノックもなしに西野が入ると、沖島の目がぱちっと開いた。そして鬱陶しそうに顔を(しか)める。 「昨日、ぶつけた所、タンコブできた」 「あっそ。そりゃ悪かったな」 前髪をかきあげて額を見せる沖島。一部分赤くなっていた。悪びれた様子もなく西野は一応謝った。 「今日のレッスン、どうだった?」 「えー? うーん。あんま楽しくはなかったかなー」 どこか茶を濁すような雰囲気で、沖島はポケットからスマホを出した。音源を切ろうとしたのに気づき、西野は小さな好奇心が沸いた。 「何聞いてんだ?」 「あ、これ?」 聞く? と耳のイヤホンを外し、ズボンで一応ゴシゴシ拭いてから沖島はそれを西野に渡した。素直にはめてみた西野の口元に、柔らかい笑みが浮かぶ。 「あー……いいな、これ」 「俺の故郷の音」 西野は彼がいつもしているように目を閉じてみた。 「俺は山育ちだからな。海にはあんまり行ったことないけど、小学生の頃は割と近くに住んでて、夏休みはよく親が連れてってくれた」 聞こえてくるのは、寄せては返す波の静かな音。遠くで鳶が鳴く声も。 「ここに来る前は、朝いつも、海岸線走ってたんよ」 「そっか」 西野は口の端を片方上げた。イヤホンを沖島に返す。 「分かるよ。そういう音求めるの。俺も今、故郷の音を曲に起こそうとしてるから」
/60ページ

最初のコメントを投稿しよう!