見つけた原石

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「辛抱強く、頑張ってください」 ずっと年上なのに、久川教授は丁寧な言葉遣いでその若者にアドバイスした。 「ですね。まあ、音自体はキレイなんですけど」 その言葉に西野がピンときた。思わず口を挟む。 「沖島昴ですか?」 「えっ?」 驚いたように、若教師は西野を見た。 「ああ、同じ一年だし、知り合いなんだね。そうそう、沖島。ほんっとにつまらなそうに弾くんだよな~。ショパンのエチュード。ヘタクソじゃないんだけど」 両手を広げ、わざと困った顔をしてみせる。 「じゃあ、辛抱強く教えてきます!」 そして彼は出ていった。その背中を見つめる西野に、久川が声をかけた。 「生徒の才能を伸ばすのも、教師の大切な仕事だ」 西野が振り向くと、彼は小さく笑う。 「じゃあ、始めようか」 「はい」 いい返事をしてアップライトピアノに向かい、その隣に久川が付く。 「曲目は『小川のせせらぎ』だったね。8分の6拍子。じゃあ、初めから」 西野は右手で三連符を繰り返す。それが二小節。そこへ左手を交差させ、高いところでトリルを入れる。川の流れと水面の光を表現するためだ。 右手が16分音符を刻み出すと、左が中低音でメロディーを奏で始めた。 今日も憧れの先生の指導を仰ぐことができる。その喜びと興奮に、沖島のことなど忘れていた。
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