20人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
輝く音
その日の夕方も、西野はレッスン棟に向かった。もう探す必要はない。07A号室にまっすぐ向かう。
沖島はそこにいて、いつものように何か聴きながら目を閉じていた。
「おい」
ノックもなしに西野が入ると、沖島の目がぱちっと開いた。そして鬱陶しそうに顔を顰める。
「昨日、ぶつけた所、タンコブできた」
「あっそ。そりゃ悪かったな」
前髪をかきあげて額を見せる沖島。一部分赤くなっていた。悪びれた様子もなく西野は一応謝った。
「今日のレッスン、どうだった?」
「えー? うーん。あんま楽しくはなかったかなー」
どこか茶を濁すような雰囲気で、沖島はポケットからスマホを出した。音源を切ろうとしたのに気づき、西野は小さな好奇心が沸いた。
「何聞いてんだ?」
「あ、これ?」
聞く? と耳のイヤホンを外し、ズボンで一応ゴシゴシ拭いてから沖島はそれを西野に渡した。素直にはめてみた西野の口元に、柔らかい笑みが浮かぶ。
「あー……いいな、これ」
「俺の故郷の音」
西野は彼がいつもしているように目を閉じてみた。
「俺は山育ちだからな。海にはあんまり行ったことないけど、小学生の頃は割と近くに住んでて、夏休みはよく親が連れてってくれた」
聞こえてくるのは、寄せては返す波の静かな音。遠くで鳶が鳴く声も。
「ここに来る前は、朝いつも、海岸線走ってたんよ」
「そっか」
西野は口の端を片方上げた。イヤホンを沖島に返す。
「分かるよ。そういう音求めるの。俺も今、故郷の音を曲に起こそうとしてるから」
最初のコメントを投稿しよう!