輝く音

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西野の言葉に、沖島は興味深そうに身を乗り出した。 「言ってなかったけど、俺、作曲専攻してんだ。西野啓二」 「曲、作りよーと?」 「……悪いけど、出来るだけ標準語で喋ってくれないか? 方言は分からない」 西野が苦笑いすると、沖島は戸惑ってオロオロした。 「ええと、曲を作っているんですか?」 「なんでいきなり敬語なんだよ」 まあいいけど、と言い、西野はリュックから楽譜を出す。先程久川教授に指導をしてもらって、2ページ出来上がった曲。 「これ、今作ってる」 「『小川のせせらぎ』ですか!」 なかなか自然な標準語で話せない沖島。西野から楽譜を受け取り、譜面の音符を目で追う。次第に彼の体が音楽に乗り始めた。メロディーと同じ方向に揺れながら、西野の音楽を体に染み込ませる。 「ああ~! ここまでしかないったい! 残念!」 楽譜の終わりまで来ると、彼はガッカリしたのを隠しもせずに声を上げた。まだ曲は完成していないのだ。 「ねえ、ちょっと弾いてもよかろ? あ、弾いてもいいですか?」 「え? ああ。いいけど」 「よっしゃ」 嬉々として沖島は譜面台に楽譜を乗せる。真剣な顔で冒頭部分を見つめた。それから研ぎ澄ませた自分の感覚全てを右手に集中させながら、鍵盤に近づけていく。 ピアニッシモの三連符が、山上から冷んやりとした風を吹かせる。日本の風景を意識して選んだ三音。沖島はその音を押し込んだ後、すっと引かせていった。風が通り過ぎる。 上から交差させた左手のトリルは、西野の意図した通りの煌めきを水面にもたらした。西野はそれを小さな音として捉えていたが、沖島は割とハッキリした音で表現する。それは光の強さを増した。 初夏の川辺。西野の前に、故郷の光景がありありと広がった。 自分の表現したかったそれが。
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