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「首席のピアノ、ヤバかったなあ」
「まあな。まあ俺よりちょっと上手いくらいだよ」
明るい日差しが窓から差し込む廊下。
講堂での入学式を終え、新入生たちは元々あった列を乱して各々の教室に戻っていた。明日から受ける授業は楽器ごとに異なる。全員揃うのは今日くらいのものだ。
前で話す生徒の背中に、西野啓二はチッと舌打ちした。
(首席のくせに、ポンコツな演奏だった)
入学祝いに、祖母が仕立ててくれた黒いスーツ。手足が人より少し長く、痩せ型の孫にピッタリのものを、とオーダーメイドしてくれた。光沢の美しい銀色のネクタイはシルク100パーセント。袖で重なるように縫い付けられた四連のボタンは、イタリアの流行りだ。
「おい、お前、今舌打ちしたろ」
前の学生が振り返って睨みをきかせる。
「あぁ?」
西野は苛立った気持ちを隠そうともせず、顎を上げた。ほぼ180センチの彼がそうすると、高いところから見下している構図になる。
「別に、お前らに、じゃない」
「そ、そうかよ……」
たじろぐ相手に、西野は鼻で不機嫌な溜め息を吐いた。
「あの首席奏者がヘタクソだったのに、腹が立った」
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