20人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
通路の真ん中で立ち止まり、大声で喚く男子生徒と、相変わらず上から目線の西野。
周りの生徒たちが何事かと足を止めて注目する。流れを遮る邪魔な二人と成り行きを見守る生徒のために、道は塞がれて渋滞してしまった。
「あんなスピードだけの演奏、全然曲の良さが出てない。お陰で指が回ってなかった。音の粒も揃ってなかった。それならゆっくり丁寧に弾いてくれた方がマシだった。雰囲気だけ押し付けられてよく満足だな。最後の方なんて雑音だらけだったじゃないか。リストに失礼だ」
「お前な……」
胸ぐらを掴まれた西野は顔を歪ませた。それでも怯むことなく相手を睨みつける。
「そこまでにしなさい」
詰まった生徒の間を縫ってやってきた、背広の教師。細身だが定年間際の貫禄のある男。分厚いメガネの向こうの大きな目が、二人をジロリと見ていた。
「久川先生」
サッと西野の表情が抜け落ちる。相手の手を振り払って、掴まれていた胸ぐらを整えた。
「すみませんでした」
急に大人しくなって頭を下げた西野に、相手の学生も慌てて倣う。
「先生の前では良い子ぶりやがって」
ボソリ、と彼が呟いた言葉はノイズのように耳障りだった。
「ま、君の言うとおりだけどね」
お咎めを受けると覚悟していたが、降ってきた言葉は穏やかだった。
西野が顔を上げると、彼はふふ、と笑って背を向けた。
紅潮した頬が緩む。
西野が尊敬する作曲家。彼の指導を仰ぐために、ここにやってきたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!