見つけた原石

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カリカリ、とペンだけが音を立てる、静かな教室。 あれから一週間経った。西野は毎日レッスン室を行き来したが、あの音の主は見つからないままだった。 本日は和声のテストをやっている。その教室を西野は早々に後にした。既に終わらせて提出したのだ。 先ほどのテストに出てきた和声の進行を頭の中で歌いながら、ご機嫌に歩いていく。特に、二問目のハーモニーの美しさが残っている。 和声はメロディーの行程によって残りの三音の進行の形が変わってくる。同じ和音でもそれによって大きく両手を広げたように開放的があったり、胸がキュッと絞られるような切なさを醸したりと、表情が変わってくるのが面白い。 ちょっと弾いて味わいたくなった。向かう先はレッスン室。今はレッスンを受けている生徒が多い時間だから、静かで心地良いはずだ。 レッスン室の並ぶ通路は両側とも部屋なので、光が入ってこない。しっとりと冷たい空気の中、西野は急に足を止めた。 「この音……」 先日聞いた、あの美しい音の粒。間違いない。 「なんて澄んだ音なんだ」 つい聞き惚れて棒立ちになってしまった。西野は音の出所を注意深く確かめ、その部屋の小窓を覗いた。 07A号室。 「あいつは……」 いつも見る度にワイヤレスイヤホンをつけて眠っている男。何度も同じ姿を見たので印象に残っていた。 ーーそばで聴きたい。 欲望に掻き立てられ、西野はコンコンコンコンとしつこいノックをした。
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