20人が本棚に入れています
本棚に追加
/60ページ
ガジガジガジガジ……
ボールペンの端を齧る西野。鉛筆のように歯型ができるわけではないが、そのうち割れてしまいそうな勢い。
「はあぁっ」
盛大に溜め息を吐き出し、両手で顔を押さえた。洗った後タオルで拭くかのように手の平でゴシゴシやる。
「何なんだ、あいつ」
沖島昴といったか。あの後「宿題するから」と勇んでショパンのエチュード集を開いたからものすごく期待したのに。
「あんなのっぺらぼうなショパン、初めて聞いたぞ」
しかもそれを弾く彼は時々白目になっていた。多分、寝ていた。
思わず拳でぶん殴ってしまった。
そしたら追い出された。
なんでああなるんだ? 意味が分からない。
何故か西野が苦悩する。あれだけ運指がスムーズなのに。いや、運指と上手さはまた別の問題か。いつもならそれで割り切ることができるのに、西野は悔しくてたまらなくて、あれからずっとどうすれば沖島が上手く弾けるかを考えている。
答えが出ないで悶々としたまま、久川教授のレッスンに向かう。今日で2回目だ。先回は課題に対して高い評価をもらった。本日はその続きを見てもらうことになっている。
ノックをすると、中から「どうぞ」と低い声が聞こえた。
「失礼します」
レッスン開始2分前。他の教師もいて、西野が入ると壁掛け時計を見上げた。
「もう行かないとな。はあ、全くどうしたもんかな、アイツ」
まだ比較的若い教師。困ったように苦笑いして呟く。
最初のコメントを投稿しよう!