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この石像は昨日まで、猫を抱いていた。
俺がそういうふうに作って立てた。
ここーー住人がいなくなったあと、地震で建物と塀が崩れ、庭だけが残った通称「公園」の一角に。
あれは雪が降り続けた初めての夏ーー日が暮れても「公園」を出て行かない子どもが、ちらほらと見られ始めた頃。
野良猫を追って、一人の少女が現れた。
俺の屋敷は「公園」の隣で、窓からその敷地内が一望できる。
もう二度と晴れないらしい雪雲の下、駆け回る子どもたちの顔に、日に日に涙が増えていく。
そんな中、愛しそうに猫を抱き上げ頬を寄せる、彼女の笑顔はいつも変わらなかった。
俺はこの雪が降り始めてからすっかり滅入っていた。
両親は世界が受けた余命宣告を受け入れるのが早くて、好きなことをしろと金を残し、どこへとも言わず出ていった。
ぽかんと、自由になった。
なのに好きな絵にも彫刻にも、取り組む気にはなれなかった。
それがなぜだか、彼女を見ていると意欲がわいて、ある日窓辺で速写を始めた。
彼女の笑顔を写しとろうと。
しかし、上手くいかない。
誰もが終末の冬の中でふさぎこんでいる。俺もそう。ため息を包むのに慣れた手では、明るい笑顔がどうしても描けない。
いらいらと紙を破ってーーふと、窓を開けようと思った。
寒すぎて閉めきったままだった。
空気が悪いんだ。ため息に乗せて吐き出した、暗い感情が充満しているんだ。
掛金を外し、力を入れて、凍った窓を押し開ける。
その音が聞こえたのか、彼女が、こっちを見上げた。
なぜか俺は焦った。
けれど彼女は、きらきらする目を大きくして、底抜けに明るい笑顔を俺に向けた。
憂鬱が嘘だったように、さっと拭いさられる。
描ける、と思った。
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