第3章 やさしいひと

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そんなに笑いたくないのに、彼はどうして笑うのだろうと思ってしまう。 「走って来たぞ」  笑顔が手のひらで隠れる。大きな彼の掌で、頭の上を混ぜられるのだ。撫でると言うより、全体的に混ぜる様にする。 「偉い偉い。紅鏡くんは、意外と素直だよね。もっとさっさと逃げ出すかと思ったのに」  この手のひらに、どうしても抗えないのが不思議だった。別に、落第してこの学校を辞めることになってもいいかもしれないという気持ちにはなっていた。苦労して入ったとしても、結局のところ紅鏡は、家の威光があったからこそ入ったにすぎないと、途中で気づいたからだ。 「別に、たまには、こういうのもいいかと思っただけだ」 「ふーん。君素直じゃないねぇ」 「あのな」  ははっと笑って、またどこからともなくエネルギーバーを取り出して渡される。これも慣れたのでさっさと受け取ってパッケージを開けて口の中に突っ込む。いちご味のエネルギーバーが紅鏡のお気に入りだと気付いた望長は毎度これを渡してくれるようになった。 「君、手足も長いし造りが大きいし骨も太いから、栄養与えればもうちょっと体が大きくなるかなと思って」 「遠まわしにちびって言いたいのかよ」  同級生の平均的な身長よりは上回っている自信はあるが、いかんせん望長は長身だった。紅鏡が見上げるほど背が高い。正直、面白くなかった。 「竜使いは大抵、小柄が有利だと言われてるよね、操縦士だから」  体重が軽ければそれだけの身体的負担も減るし、竜が嫌がらないのだ。祖父も父も、兄も小柄で細身だ。食事も完全に管理されたものしか口にせず、菓子など毒だと祖父が怒り狂ったこともある。 「オルフェウス家って黒髪にとび色の瞳で小柄っていうイメージが強いけど、君は大ぶりの造りになりそうなら、それを伸ばせばいいと思ってさ。……もしかして操縦士になることを想定して、普段からあんまり食べ物食べないとか? せっかく体が伸びたがってるんだから、ちゃんと食べりゃいいのに」  食いかけのバーを口から出して、そのまま望長に返すように差し出す。 「あんたさ、母親みてぇ」  口うるさくにこにこ笑顔で、的確に心の隙間に入り込む。その癖、自分は入られたがらない。そう教えてやると、意外そうに彼は片眉を器用に持ち上げた。 「そう言われたのは、初めてだな」
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