竜と少年と

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嬉しさのあまり顔を右に向けると、そこに優美な生き物が紅鏡を見下ろしてきた。  地球大気圏保護生物、人は彼らを竜と呼ぶ。蛇の様に長細い体に、白銀の鱗がびっしりと覆い、肉食獣のようなりっぱな足が四本付いて、頭部はもふもふの毛皮を纏い、七色に輝く大きな瞳と牙を隠し持った大きな口を持った生き物。 「橙」  紅鏡は、オルフェウス家飼いの竜二頭のうちとりわけ、頭頂部に橙色のとさかの様な房毛を持った竜、橙が好きだった。かつて祖父と一緒に大気圏を駆け抜け、任務についた橙は、今はこうして引退して家飼いの竜として庭番をしている。 「浅黄も、雷大丈夫だった?」  橙の様に頭頂部とさかがあるわけではないが、どこか優しく鳴く竜は、橙の番である浅黄だった。浅黄は橙よりも一回り小柄で、鱗も繊細で小さいが驚くほど美しい色をしている。光沢が乳白色で、宝石の様にきらきらとしていた。 『やさしい坊や』  声がして、少年はつい微笑んでしまう。 「浅黄」  声を返すと、浅黄はゆらゆらと髭を動かして紅鏡の顔を撫でた。そして、頭の奥の方で声がした。彼らの声だ。 『坊や、歌を聞かせてちょうだい、私たちの好きな、あの子の歌よ』  少し低音を撫でる様な浅黄の声は、女性のものに似ていて耳に心地よい。彼らはテレパシーが使えて、こうして直接脳内に話しかけてくる。頷いて、先ほどズボンと腰の間に挟んで隠したものを取り出す。音楽プレーヤーだった。兄のおさがりで与えられたものだ。旧式でそこまで音が良くないが、彼らが望む役目は果たせるだろう。 「待ってね、ちゃんと彼女の歌を同期してきたよ」  紅鏡は兄ほど多くはないがお小遣いをもらっていたので、そのお金を使い彼女の歌をダウンロードしてプレーヤーに同期した。今現存する彼女の楽曲すべてをダウンロードしたのできっと彼らも満足するだろう。 「今流すよ、彼女の歌だ。橙と浅黄が大好きな、グミ・エラトの歌だよ」  プレイヤーの再生ボタンを押すと、高い小鳥のさえずりのような声が、細められてゆっくりと太くなり低音に変わって、それからゆっくりと高く伸びる。何オクターブも行き来する声は、心の深いところに入り込む様に響く。宇宙を掌握する歌声だと言われた、グミ・エラトの歌声は、美しい。 『この子、泣いているのね』  浅黄が嘶いて、橙もその声に応える。
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