竜と少年と

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『苦しくてたまらないと、教えてくれている。我が愛児ティティ、背中に乗るがいい。そして共に行こう、この子を救いに行かないと』 「救いにって、何処に」 『もちろん決まっているわ、この歌声の声の元によ』  竜たちは番同士で嘶き合い、髭を絡め合いお互いの意思を固めたようだった。そして、紅鏡の前に顔をぐいと寄せて口を大きく開いた。びっしりと並んだ歯が鋭く光って、口の奥は暗くて手が届かない闇を飲んでいる。 「助けに行くって言ったって、この歌はもっとずっと前に収録されたものだし。それに、俺、二人に乗ったりなんかしたら、おじいさまに何て言われるか……きっともっと嫌われるよ」 『我が愛児よ。我らは背に人を乗せねば大気圏を越えられぬ。そう造られたのだから』 「だから……俺は。竜使いじゃないし。……橙、俺は」 『背に乗りなさい、坊や。お前が居れば、私たちはどこまでも駆けて行ける。遠くの果てに、誰かの願いを叶えられる。こんな苦しい声を救うことだって出来る』  紅鏡は、下唇を噛んで下を向いた。迷っていたのだ。この家では、祖父に逆らっては生きていけない。あの冷たい眼差しを受けたらいつか心も凍ってしまうのではないだろうか。今は離れに住まわせてもらっているが、もっと遠くの叔父の家に預けられてしまうのではないだろうか。 『小さな我の竜使い。どうか、共に行こう。風を越えて、雲の向こう側に悲しい声が聞こえるのだから。その声を救いに行くのが、我らの役目だ』  優しい橙が、紅鏡を小さな竜使いと言った言葉に、気が付けば視線を上げていた。紅鏡は、いらない子だったはずだ。お前はどうしてこの家に産まれたのだろうねと、父は囁いた。代々名誉ある家系に産まれながら、何の才能もないと検査が出て、毎晩のように父と母は口げんかをしていたし、兄には馬鹿にされた。母屋に住むことが出来ずに、一人離れに住んで、時折母が泊りに来る。  才能が無いと言われても、紅鏡は竜が好きだった。祖父や父の様に、いつか大気圏の英雄になりたいと夢見ていた。 『行きましょう、やさしい坊や。音を越えて、想いをあの子に届けないと。私たちはそのために産まれたのだから』  橙がドームから体をするするとすべてだして、首を巡らせて地を這う様に地面の上を這ってから首の後ろを見せる。背の低い紅鏡でも、乗りやすい様になるべく低く地面に身体をこすり付けてくれているのだ。
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