第3章 やさしいひと

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第3章 やさしいひと

 旋律が伸びやかに竜を誘う。  軽やかな日差しは早朝特有のもので、そんな優しいものでも寝不足の目には突き刺さる。 「何溜息ついてるんだよ? 俺の方が溜息つきたいぞ? 俺何時に起きてると思ってんの? 君らに付き合うためにいつもより一時間も早く起きて、ランニングしてきてるっていうのにその態度なの? いやー、君たちの性格疑っちゃうなあ」 「あんた、ほんと……」 肩で息をしながら、次の言葉を探して、そして見つけられなかった。 「はい、もう一周、カザくんは音程もうちょっと保ってあと三曲言ってみようか。まず、陣形を指示する歌は、きちんと音運び考えないと、竜が混乱するからね」 「はい!」 「はい、紅鏡くんは体力なさ過ぎて片腹痛いから走った走った」  地球圏保安教育東学校、通称圏教東のグラウンドは広大で走って回ると大体二十分はかかる。もうそのグラウンド外周を三周目突入している。こんなに汗水たらして体力をつけるのも久しぶりだ。入学してからいかに体力維持を怠っていたかを紅鏡は悟った。 望長は、まず、葵と紅鏡に大きく二つの問題点を告げた。 「君らはまず、体力がない。基本的なことができてないってことだ。紅鏡くんはとにかく走って、体力をつけること。カザくんは歌い手だから、腹から歌う努力をした方がいい。君の声は旋律云々の前にそもそも、竜に届かない。声量をつけよう」  にこにこと笑顔で告げられて、カリキュラムを組まれて早朝に呼び出されること今日で十日目だ。放課後ももちろん呼び出されて、ランニングに連れ出されて帰ってくるころには葵も紅鏡もよろよろになっているが、それでもまだ夜は長い。その後に戦術や術式の勉強も叩き込まれて、寮の夕飯前にようやく解放される。泥の様に眠りたいところだが、次の日の課題を無理矢理終えて布団に入る頃には宵も深まり、色々なことを等閑にしてそのまま寝入るという生活を続けていた。  グラウンドを回ってどうにか戻ってくると、望長は、校舎前花壇の淵に腰掛けて何やら本を読んでいた。光が顔に綺麗に当たって、視線を落としていると彼の瞳に乱反射する。そうすると、彼の瞳が一瞬緑がかったように見える。 「あのさ、望長さん」  声をかけるとようやく顔があげられる。その瞬間に、不自然に口の端を上げて彼は笑顔を作る。本当は、笑いたくないのだろうなという顔を見て、いつも紅鏡は内心嫌な気持ちになる。
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