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ある日、僕は、ぼーっと何も考えずに街を眺めていました。変わりゆく街並み、急ぎ足で過ぎ去っていく人々。そんな彼らとは裏腹に、時の流れに逆らうかのようにじっと一点を眺めている老夫婦。自然と僕の視線も彼らに合うか、合わないか、微妙な目線をたどりながら、しかし彼らの方に目は奪われてしまっていた。車いすに座った桜の髪飾りが印象的な女性と、その車いすにそっと手を据えている白髪頭の男性。思い返せばここ何日か彼らはここに来ていた。きっと、彼らが求めていたものは、
「やっと、咲きましたね。今年も見られてよかった。」
「あぁ、例年より開花は遅かったが、今年も立派だな。」
彼らの目の前には桜の花びらが数少なく風に吹かれ舞っている。
「来年も、見たかったけど。きっと叶わないからあなたが叶えてくださいね。」
車いすの女性が振り返りながら男性に言った。彼女はガンだった。それも末期の。今年の桜でさえ見ることが出来たのは奇跡に近かった。余命は一か月もない。その言葉を言われた彼も、そして僕もそのことは分かっていた。
「あぁ、桜の花の付いた枝を仏壇に供えるよ。」
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