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*** 「華野さん」  数日ぶりに学校に来ていた華野真波に声を掛ける。周りに群がっていた男子の視線も一斉にこちらに向いた。 「橘さん、おはよう」 「ちょっと良い?」  そう言うと、彼女は察した様子で男子達に一言断りを入れ、後をついてきた。 「これ」  人気のない教室に入り、借りてきた拾遺和歌集を彼女に差し出す。彼女の視線が本を見つめた後、こちらに向き直る。 「読んでくれたんだね! ありがとう」 「いや……読んだけど、意味がわからなかった」  そう伝えると、彼女は俯いた。それから顔を上げた彼女は、見て取れるほど顔が真っ赤に染まっている。 「そのままの意味」  彼女は言い切ると、拾遺和歌集をこちらにまた差し出してきた。件のページを開き、貼られた付箋を外した。 「あの……何で付箋に、橘って書けたの? クジ引きだったのに」 「男子に先にクジを引いて貰ったから。最後に橘さんの番になる直前に、あのクジを入れたの。箱の中に、あれしか入っていないように」 ――ふふ、ありがとう。男子だけじゃつまんないから、女の子にも参加して欲しいな。最初に男の子、クジ引いてね。  学校全体が殆ど男子生徒、うちのクラスにも女子は彼女と私、二人だけだった。  華野さんとはクラス内でたった二人の女子なのに、 殆ど会話らしい会話をした覚えがなかった。彼女が登校するといつも周りには男子生徒が群がっていて、とても入る隙はなかったし、 私自身クラスの男友達と話している事が多かったからだ。 「最後のバレンタインだから。ちゃんと伝えないと後悔するって思ったの」  そう言うと、彼女はページを見ずに、すらすらと和歌を読み上げた。 「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで」  滑らかに、彼女の唇から零れる詩はまるで彼女から生まれたもののようにすら思えた。  ふいに、心臓が高鳴る。 「仕事でね、撮影してもらってる時にカメラマンさんに言われたの。恋してるね、って。まさかって思ったの。橘さん、いくらかっこよくても背が高くても女の子だし、違うって。でも、そう言われた瞬間に橘さんが思い浮かぶって、もう、そうなんだよね」  彼女の瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
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