壊れた

3/3
前へ
/4ページ
次へ
 目尻に溜まった水分も、彼はその唇で払い落とした。ぬくもりがゆっくりと頬を伝ってきて、わたしの唇へとたどり着く。合わさる感触。塩味は、涙の名残だ。  今、わたしは堕ちていく。唾棄すべき楽園から、悦楽の地上へと。勝手な推論を言わせてもらえば、アダムとイヴはきっと地上へ堕ちてからの方が幸せだっただろう。罪人になれるのは、禁断の果実であったとしてもそれが欲しいと渇望し、誹られる覚悟を持って行動した者だけだ。  楽園なんてくそくらえ。貞淑な妻であったのがばかみたい。昨日のわたしはもういない。  あっけなく、静かに、八年もの年月が積み上げたモノは息絶えた。  滔々と流れた涙は、体液と一緒にシーツに吸い込まれて染みになる。  染みは洗濯したら漂白できる。  わたしは白くなれない。  いくらシャワーで洗っても、白かったわたしには二度と戻れない。割れてしまったハンプティダンプティ、わらべ歌は面白おかしく現実を教えてくれていた。  二度と戻らないのだ。二度と戻れないのだ。  さようなら、わたし。  そしてこんにちは、わたし。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加