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目尻に溜まった水分も、彼はその唇で払い落とした。ぬくもりがゆっくりと頬を伝ってきて、わたしの唇へとたどり着く。合わさる感触。塩味は、涙の名残だ。
今、わたしは堕ちていく。唾棄すべき楽園から、悦楽の地上へと。勝手な推論を言わせてもらえば、アダムとイヴはきっと地上へ堕ちてからの方が幸せだっただろう。罪人になれるのは、禁断の果実であったとしてもそれが欲しいと渇望し、誹られる覚悟を持って行動した者だけだ。
楽園なんてくそくらえ。貞淑な妻であったのがばかみたい。昨日のわたしはもういない。
あっけなく、静かに、八年もの年月が積み上げたモノは息絶えた。
滔々と流れた涙は、体液と一緒にシーツに吸い込まれて染みになる。
染みは洗濯したら漂白できる。
わたしは白くなれない。
いくらシャワーで洗っても、白かったわたしには二度と戻れない。割れてしまったハンプティダンプティ、わらべ歌は面白おかしく現実を教えてくれていた。
二度と戻らないのだ。二度と戻れないのだ。
さようなら、わたし。
そしてこんにちは、わたし。
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