第2回「初めての配信」

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第2回「初めての配信」

「しぃちゃんって、美麻(みあさ)さんちの詩子(うたこ)ちゃん……?」 「うん。あっちも、いったんは引っ越したけど、戻って来たんだって」  キッチンで夕食の用意を続ける母の背中に、久留美(くるみ)は答えた。 「そうだったんだ」 「でね、娯楽放送部、やってみたいんだけど……」  転校初日だったからか母は、普段より品数も多く豪華な感じの夕食を準備してくれていた。引っ越したばかりなのに大変だったんじゃないかな――部活を体験した分だけ待たせてしまったことを、久留美はちょっと申し訳なく思った。 「部活をやるのはいいと思うけど……」  料理をテーブルへと運びながら、母は答えた。 「娯楽放送部って、どんなことをやるの?」 「ラジオの配信」 「うん、そうなんだけど……  例えば運動部だったら靴とかユニフォーム、あとボールとか? 吹奏楽だったら楽器なんかを、買うか借りるかしないとできないでしょ? ラジオ競技って何が要るの? 久留美ちゃんが用意するの?」 「そういえば……」  学校の放送室のマイクで声を録音することができるのは分かった。でもラジオ番組は、プロの放送局が流しているものはもちろんのこと、中高生が部活で制作したものにも音楽が付いていたりして、ちゃんと番組らしいものになっている。マイクで録った声が、何をどうすると番組になって、全国の人が聴けるようになるのだろう。 「あとは、他の部活では試合やコンクールみたいなものがあるでしょ。そういうのに参加するのにお金が要るのかとか。土日の付き添いや送り迎えが必要かとか。  そういうことを聞いてきてね。お母さんも調べてみるけど……顧問の先生が紙にまとめてくれたりしないかな」 「うん、まずは しぃちゃんにきいてみる」  とはいえ。久留美の質問は、しばらくおあずけになった。  再会した翌日から、3年生である しぃちゃんは2泊3日の修学旅行に出発してしまったためだ。連絡先は早速交換したが、出発前夜の準備や旅行の最中に、返信を求めるような質問を送ることは、久留美には躊躇われた。いずれにしろ旅行から帰って来た翌日、金曜日の放課後には放送室で会うことになっていた。  しぃちゃんの方からは何度も写真が送られて来た。旅行先の風景や、同級生たちと写っているもの。  結構人気あるんじゃないかな、しぃちゃん――と久留美は感じた。色んな人と一緒に写っているし、距離とか立ち位置とかから、慕われているような気がした。"かわいがられている"なのかもしれないが。  久留美は学校行事は苦手だ。同級生と写真に写るなら、自分が居ても居なくても変わらないような端の方の位置に立つ。既に出来上がっている人間関係の真ん中の方へ入って行こうとも思わないし、自分がいなくなる時にあまり騒がれないくらいの方が気が楽だ。目立たず、目を付けられず、無難に……それが自分の立ち位置だと思う。  でも、しぃちゃんと旅行かぁ。学年が違うと、そういう行事で一緒になることはないもんな――。  同じ学年の生徒たちを羨ましく思いながら、久留美は木曜日までを過ごした。
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