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第4回「『浜松町』を目指すわけ」
その日。大型連休が明け、久しぶりの学校での1日を終えて玄関を開けた時。今日は遅くなるかもしれないと言っていた父の靴があることを、柵 久留美は不思議に思った。
「ただい……まー?」
何かあったのだろうか。そう考えながらだったので、挨拶の声もいつもより小さくなっていたかもしれない。
靴を揃えて、リビングへと通じる扉へ向かうと、母の声が聞こえてきた。
「……本当に、思ったより早く帰れそうで良かった」
「帰れそう」とはどういうことだろう。靴があるのだから父はそこにいると思うが……と考えていると、やはり父の声が聞こえてきた。
「引っ越して来たばかりなのに、もう次の転勤の話なんて、怒られるかと思ったよ」
何気なくドアノブに伸ばしかけていた手は止まってしまった。
そっか――久留美は胸が締め付けられる様な感じを覚えた。
母の声が続いている。
「あの子のためにも、いいことだと思うの。できるだけ早く都会に帰って志望校を……」
中学生になってからは初めての引っ越しだったので、もう当分はないと勝手に思い込んでいた。いや、親友と再会できたことが嬉しくて、あえて考えないようにしていたのだと、気付かされた。
久留美の親の仕事には転勤があって、子供である自分はそれについて行かなくてはいけないのだ。今いる所に、友達がいても、好きな景色があっても。
そして――部活動があっても。
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