第1回「いとしき思い出」

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第1回「いとしき思い出」

 (しがらみ)久留美(くるみ)銀嶺中学校(ぎんれいちゅうがっこう)に転校したのは、4月も中旬を迎えた、月曜日だった。  その門を見あげて久留美は呟いた。 「ここ、公立の中学校だよね……」  新しい家から一緒に歩いて来た母は「お屋敷みたい」と言った。  時代劇に出てくる武家屋敷にあるような木製の門の両脇には土塀が伸び、水を(たた)えた堀には鯉のような魚まで泳いでいる。  堀の外の道路沿いに並ぶ桜は満開に近い。先週まで暮らしていた所ではほぼ散ってしまったはずの花を見るのは、時間が巻き戻ったようにも感じた。  始業式の日から新しい学校へ通えるよう、春休みの間に母と久留美だけ引っ越すという選択肢も、両親は用意してくれた。けれども久留美は「どっちでもいい」と答えた。  転校は何度も経験していたし、銀嶺中は進級する際にクラス替えがないと聞いたので、新年度の初日から行くのも2週目から行くのも大して変わらないように思えた。 「あ、久留美ちゃん、ちょっと……」  髪に付いていた花びらを、母が取ってくれた。やや茶色がかったセミロングの髪は毎朝、母が編んでから後頭部にまとめ、一つのお団子にしてくれる。  登校して来る生徒たちの視線を感じながら、母に続いて、開けはなたれている門をくぐる。同じ制服を着ているのだが、保護者同伴だとやはり目立つようだ。  敷地に入ってしまうと、中の様子は今までに知っていた「学校」の印象と変わらないものだった。舗装されているロータリーを歩き、来客用の玄関から校舎の中へ。  やがて担任に連れられて教室へ向かうことになった。  母は、事務手続きをしてから帰るとのことだった。 「初めての道だから、気を付けて帰って来なさい。何かあったら携帯に電話してね」  当人よりも心配そうな面持ちで言う母に、「はい」と答え、歩き出す。  教室へ向かう途中で担任は「いいお母さんね」と言った。
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