第1章

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「そうだね。あの頃は、物心つく前に、なんて当たり前だったね」  しみじみと言って、佐竹は皮を剥ぎ終わったイノシシの頭部を床に置いた。 「よく今まで、生きてこられたわね。死んでもまた生き返るわけじゃないんでしょ?」 「多分ね。死んだことはないけど。まあ、日ごろの行いがいいからかな?」 「私のことを七回も殺しておいて、よくそんなことを堂々と言えたわね?」 「毎回二十人くらい殺してた君に、そんな被害者みたいなこと言われてもね」 「あなただって、千人じゃきかないでしょ?」  海野の言葉に肩をすくめて、佐竹は立ち上がって背伸びをした。首を回して、外に目を向ける。 「でも、よく生きてたと思うよ。生まれてから百年以上も、生きていくのでやっとだったしね」 「あなた、今年で何年目?」 「さあね。そこまで覚えていないよ。千年近いと思うけど」  佐竹は興味がなさそうに軽く手を振った。粘土を焼いて作ったらしい器に手を入れ、塩を掬い取る。  切り分けた肉に塩を揉みこんでいき、作業を終えた順につる草で縛っていく。  その慣れた手つきを見ながら、海野は足を組み替えて小さくため息をついた。 「千年、ね。私もそれくらい生きてるかしら。よく覚えてないけど」 「君は、随分細かく覚えてる方だと思うけどね」 「あなたと会った後のことはね。それより前は、そう覚えていないわ」  佐竹はその後に続く言葉を思いだして、笑いながら彼女を振り向いた。  前にもしたことのある会話はこれでいくつになるのか、頭の隅で習慣のように数えてから、海野は目を細めて続けた。 「忘れられないくらい、嫌な思い出が増えたもの」 「それは光栄だね」  以前この話しをしたのはどれだけ前だったのか。お互い何も変わっていないらしいことに、佐竹は海野に気づかれないように微笑んだ。  保存食の用意を終えて、肉を窓際に吊るす。今日捕れたイノシシの肉があれば、今年の冬は多少の贅沢が許されるだろう。  佐竹はふと、窓の外を眺めている海野に目をやった。  どの彼女を見ても、いつもその冷めた目つきで見分けがつく。  どの場所も、いつの時代も、根元では何も変わらないことを彼女は知っているからだろう。  海野から目をそらして、彼女と同じ方向を見る。いつもと変わらないが、どの日とも重ならない景色が、その窓の外には広がっている。 「今回はどうする?」
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