第1章

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「それがいいね。イノシシを見ることも増えたし」  秋も深まり、野生動物は冬に向けて準備を進める時期だ。普段の季節に比べて、野生動物の動きも活発で、遭遇する可能性も高い。  そうでなくとも、彼らのいる場所は人が来ることなど皆無に等しい樹海の中だ。  文字通り、何が出てもおかしくはない。 「もう少し、行き来しやすい場所に住んでほしいのだけど」 「何をいまさら。人付き合いがあると引っ越さなきゃいけない。そしたら、君も困るだろう?」 「そうね。この話し、随分前にしたわね」 「そうだったかな? いい加減、新しい話題もなくなるよ」  佐竹は肩をすくめて、玄関の戸を開いた。手を伸ばして太めの薪を二本手に取る。  壁に立てかけられていた石の鉈を手に取り、薪を適当に割って脇に抱えた。 「そろそろ夕飯にするけど、食べられる?」  海野は十六時が近づいている懐中時計に一度目を向け、眉をひそめた。 「食べられるわよ。随分早いわね」 「暗くなると、料理もおいしくないからね。どちらにしろ、大したものはないけどね」  木の実でも落ちたのか、天井で固い音が跳ねた。海野が視線を屋根に向ける。 「でしょうね。どうせ、野草と木の実だけの、仙人みたいな食事でしょ」 「ご名答。霞でも食べて生きていければ、楽なんだけどね」  佐竹は答えながら棚に置かれていた火打石を手に取り、隣の部屋に移動した。  海野は椅子から立ち上がり、佐竹について隣の部屋を覗き込んだ。 「前に比べて、広くなった?」 「まあね。これでも、少しずつ増築しているから」 「ふうん、そうなの」  意外そうな顔をする海野に、佐竹は肩をすくめて見せた。 「そんなことでもしてないと、君が来るまで暇でしょうがないからね」  佐竹は火打石と鉄片を打ち合せ、手早く枯れた杉の葉に火をつけた。  少しずつ大きな木片に火を移し、薪に火をつけてかまどへ入れる。 「その火打ち金、私があげたもの?」 「そうだよ。結構長持ちしてるよ」 「もう百年以上前でしょ? 新調すればいいでしょう」 「鉄も、ここだと貴重だからね」  水をためている甕から鍋に水を移し、殻をむいたドングリを入れて、かまどの上に乗せる。 「まさか、これからアク抜き?」  海野は後ろから鍋を覗き込み、眉を寄せて佐竹の横顔に責めるような視線を向けた。  佐竹は睨みつけてくる海野に、肩をすくめて微笑んだ。
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