第1章

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 虫や小動物など気にしていられない。今日の食事を、明日の天気を、今年の冬の寒さをどう凌ぐか、その程度を考える余裕しかない。  だが、あの時代に流れていた命をすり減らすような厳しさはなく、ここではどこまでも時間がゆっくりと流れている。  時間が止まっているような二人の間に、風に運ばれた落ち葉の匂いと、鳥の囀りが静かに割り込んだ。 「そういえば、君はいつ頃昔の記憶が戻るんだい?」  ドクダミ茶を飲み干して、佐竹は思い出したように顔を上げた。  目を細めて見つめ返してくる海野を見て、首を傾げる。 「……前にも聞いた?」 「ええ。大体七回前くらいかしら」 「じゃあ、もう百年以上前か。さすがに覚えてないよ」 「でしょうね。……大体、思春期が多いかしら。生理が始まるくらいから徐々に、ね。段々、自分が他人に見えてくる」  腰に提げていたポーチに手を入れ、中からタバコを取り出した。ライターで火をつけ、ため息のように細く煙を吐き出す。 「タバコは体に良くないよ。それで?」 「どうせ短い命よ、あなたと違ってね。違和感が出てから少しして、今までのことを思い出す。それだけよ」 「へえ、じゃあ思い出してから十年くらい? いつも生きてるんだね。意外だったよ」 「そうね。少し期待するのかもしれないわ。もしかしたら、長く生きてもいいかも、って」 「長生きが悪いわけじゃないだろ?」 「そうね。でも、すぐに嫌になる。誰もかれも何も考えないで、従うことを喜んでる。それに、私も染まったふりをしなきゃいけない」  海野は目をつぶって深く息をついた。唾を吐くのを堪えるように、最後に息を強く吐き出す。 「そんなものかな。でも、君なら多少のことじゃ染まらないと思うけどね」 「だから嫌なのよ。相手の都合だけで好かれて、嫌われる。どこに行っても、いつの時代でも同じよ」 「……吸い殻、もらうよ」  佐竹に言われて、海野は閉じていた目を開いた。短くなったタバコから、膝の上に灰が落ちる。  言われるまま佐竹にタバコを手渡すと、彼は手の平に押し付けてタバコの火を消した。  火が消えたことを確認してテーブルに置き、手に付いた灰を払う。 「ここは燃えるものばかりだから、気を付けた方がいいよ。火事になると、さすがに困る」 「わざわざ手で消す必要はないと思うけど?」
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