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淡い希望を抱き、あわよくばと口に出してもみたのだけれど、やはり誰一人人の姿は見えなかった。
そうだ。時間、時間を確認していなかったと思い出す。
病院にも、定時退社なるものがあるのではないか。あり得ない希望にさえ縋るほど余裕がなくなっていることには気づかない。
「な…」口をあんぐりと開けてしまった。
時計が止まっている。止まっているというか、待合スペースにある時計二つ、受付に見えた時計一つは全て壊されていた。
針を止めるところを中心に、同心円状にヒビがいくつも走っている。
なんの被害も被っていない、むしろ綺麗さっぱりした病院という空間にあるそれは、不気味な雰囲気を纏っていた。
気づけば足は出口に向いていた。
ここから出ないと。早く、人に。
待っていましたと言わんばかりの勢いで、自動ドアがぐおんと開く。
涼しい風だった。
涼しい、と感じたことで、今はまだ暑いのだと再認識する。
蝉がわしゃわしゃと鳴いていた。
「っ…」
蝉が鳴いてわしゃわしゃと鳴いているだけだった。
「っ………ああ」
そこは静寂がむしゃむしゃと人を食い尽くしてしまったような、そんな世界であった。
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